切り立った岩山を背にしたお堂、霧深い奥山に鎮座するお宮、岩屋に並んだ名もない石仏。昔からこの地に暮らした人々は、雄大な山々や珍しい地形・巨大な岩などに神秘を感じ、信仰の対象としてきました。
秩父は、古くから近在から遠来の人々の信仰を集める地。秩父三社や秩父三十四所観音霊場などに代表される寺社には、人々が特異な地形に神秘を感じ、大切に守り伝えてきた特別な場所が数多くあります。今、その場所はジオサイトとしてジオパーク秩父の見どころとなっています。
悠久の時を経て大切に守り継がれてきた特別な場所を巡り、人々の信仰と大地との繋がりを感じながら、心の旅に出かけてみましょう。
秩父三十四所観音霊場は、西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所と共に日本百番観音に数えられています。室町時代に成立し、江戸時代には庶民の間で流行しました。江戸末期には人気浮世絵師が百観音霊場を描いた錦絵「観音霊験記」でも紹介され、各地から多くの巡礼者が秩父札所に訪れました。
一巡約100kmと比較的まとまった範囲内にあり、江戸からも近い巡礼地とあって隆盛し、当時の巡礼路の多くは「江戸巡礼古道」として残っています。日常から離れ、のどかな田舎道を歩きながら巡る心の旅は、今も多くの人を惹き付けており、年間を通じて数多くの巡礼者や観光客が訪れています。
秩父札所に訪れて、お堂の裏にそそり立つ岩壁、大きな岩の上や木立の中に並ぶ石仏、不思議な奇石などを見ると、なぜその場所に観音様が祀られたかを感じることができます。
各札所に伝わる縁起にも、地形や岩石にまつわる話が多く、昔の人は人智を超えた大地の営みに畏敬の念を感じ、その場所を特別な地、つまり霊場として大切に守ってきたに違いありません。
時が経ち、秩父札所がジオパーク秩父のジオサイトとして大地の成立ちを学べる場となった今も、その根幹にはその長い歴史で受け継がれてきた人々の信仰の心があることを感じるはずです。
数ある札所の中でも、特に大地の営みを感じることができる札所をピックアップしてご紹介します!ぜひ現地に行ってみて、心静かに大地の鼓動を感じてみてください!
秩父神社がある場所は、秩父盆地の河成段丘のうち、低位段丘に位置しています。山門から上の境内は周辺の街なかに比べると2.5mほど高い丘になっていますが、このあたりは、大昔にこの段丘面が川原だったとき、中洲の高まりであったのではないかと考えられます。秩父神社が創建された時代、人々はこの少し小高くなっているところが神様を祀るにはふさわしい場所であると捉えたのかもしれません。
秩父神社の本殿の東側には、左甚五郎が彫ったといわれる「つなぎの龍」があります。札所15番少林寺のそばにあった「天ヶ池」で龍が暴れると、決まってこの彫刻が濡れ、下に水たまりができていたそうです。そこでこの龍を鎖でつないだら、池に龍が現れなくなったと伝えられています。
かつて、今の秩父鉄道の御花畑駅付近から秩父神社の東側を通り、札所17番の東側、札所19番の西側を経て、秩父橋の下流で荒川に注ぐ「地蔵川」という川が流れていました。武甲山の伏流水が段丘崖から地上に湧き出たところを水源とした川で、現在は暗渠になっています。つなぎの龍の伝説は、かつて天ヶ池付近の地蔵川が氾濫したことを物語っているのです。
秩父神社の例大祭「秩父夜祭」の御神幸行列はかつてこの地蔵川の流路に沿ったコースをとり、川を渡るために石橋を架けたそうです。笠鉾や屋台は船を表し、川を上って伝説の蓬莱山(=御旅所)を目指して航行するものだとも言われています。ちなみに、笠鉾や屋台に乗る囃子手の掛け声「ホーリャイ(ホーライ)」はこの蓬莱山からきています。
秩父三社の1つであり、標高1102mに鎮座する三峯神社は、神社の南にそびえる雲取山、白岩山、妙法ヶ岳の三つの峰がその名の由来です。これらの山は、玄武岩(雲取山)、石灰岩(白岩山付近)、チャート(妙法ヶ岳)といった硬くて緻密な岩石でできていて、切り立った山容をしています。神社があるあたりは秩父帯よりも新しい四万十帯の砂岩や泥岩の地層でできており、浸食に弱くなだらかな地形になったと考えられます。
神社の南西に位置する和名倉山(白石山)も四万十帯の山で、山頂付近がなだらかになっています。いずれも南洋で生まれ、プレートと共に大陸側に押し寄せてきたもの(付加体)ですが、地質の違いによって山容が異なっています。
三峯神社の歴史の中では、西暦700年頃に修験道の開祖である「役行者」が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝わっています。周りの険しい山々が修行の地となり、三つの峰を仰ぎ見ることができ、さらに多くの建物をたてることができるなだらかで広い神社周辺が拠点となったのでしょう。このような奥地にある神社が繁栄したのも、実は当地の地形がカギを握っていたと考えることができます。
埼玉県を代表する観光地である長瀞の街なかから仰ぎ見ることができる、秩父では珍しい独立峰の宝登山。そのふもとに宝登山神社はあります。宝登山は、岩畳と同じ三波川変成帯の中にあり、山体が御荷鉾緑色岩で、宝登山のまわりの低い山地は三波川変成帯の結晶片岩でできています。長い時間をかけて浸食をうけたことで山頂付近はなだらかな地形になっており、神社の奥社をはじめ、ロープウェイの駅、小動物公園、ロウバイ園などさまざまな施設があります。
神社の縁起では、日本武尊が東征の折、その山容の美しさに惹かれて山頂を目指し、神霊を祀ったと伝えられています。長瀞の街なかは、昔、荒川の川床であった段丘の上にありますが、そこから仰ぎ見る宝登山はとても神々しく、昔の人がこの山に神威を感じたことも頷けます。
また、岩畳、長瀞駅、宝登山神社、宝登山山頂まではほぼ直線状にあり、荒川の流れに対し直角に拠点が並び、岩畳から街なかまでの河成段丘と、宝登山のなだらかな山容がちょうどいい高低差と距離感を生んでいることも、観光地として長瀞が発展してきた一つの理由と考えることもできます。
秩父を訪れる目的として、近年急速に認知されていることのひとつが「アニメの聖地巡礼」です。
秩父のアニメブームの火付け役となった作品であり、秩父が舞台設定のモデルになったアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(通称:あの花)をはじめ、あの花スタッフによる感動青春群像劇第2弾アニメ「心が叫びたがってるんだ。」(通称:ここさけ)、そして2019年10月に公開される「空の青さを知る人よ」の3つの作品が揃いぶみして、ますますアニメの聖地・秩父から目が離せなくなっています。
アニメでは、実際の秩父の風景が鮮明に再現されており、秩父を訪れるファンは実際に作中に出てきた風景に出会うことができます。懐かしさを感じる素朴な街並みから、自然が残る田舎道、ひなびたお寺や神社、街並みの向こうに連なる山々など、秩父の魅力的な風景を探すのも、聖地巡礼の楽しみの一つと言えます。
例えば、「あの花」で仲間が集う羊山公園の「見晴しの丘」。ここは、秩父の街なかを一望できる小高い丘の上ですが、秩父盆地は、羊山公園のある「羊山丘陵」や、その眼下に広がる街並み、そして、荒川を挟んで街の西側、秩父ミューズパークがある「尾田蒔丘陵」などを含めて、長い時間をかけて川の流れが作った「河成段丘」でできています。アニメの主人公たちが集える公園がとても眺望が良いのは、この段丘の高低差によるものなのです。
また、監督含む制作スタッフは、アニメのストーリーにも作品の舞台である秩父を投影しているそうです。登場人物は秩父に暮らしている設定ですが、都会でもない、かといってそこまで田舎でもない土地の日常の中に生き、秩父という山に囲まれた土地にある、一種の閉塞感や、そこで生まれる葛藤なども作品の要素となっているとか。
昔からの札所のお遍路さんに加え、今はアニメ聖地巡礼のファンの姿も秩父でよくみられるようになりました。時代や形が変わっても、人々は秩父の風景のどこかに、自分の特別な心の拠り所を求めているのかもしれません。