札所28番石龍山橋立堂は、武甲山の石灰岩体の西の端に位置し、南向きの高さ約75mの大岩壁の下には、黒っぽい緑色岩が露出し、そこに観音堂が建っています。
武甲山は、約2億年前、5000km以上も離れた南洋で、ハワイのような火山島として誕生しました。火山活動が終わると、島の上部は波で侵食され、サンゴ礁が成長しました。サンゴ礁(石灰岩)を乗せた海山(玄武岩が変質した緑色岩)は、プレートの動きによって運ばれてきました。海溝までくると、沈み込む海洋プレートから剥がされて、陸から海へ流れ込んだ砂や泥などとともに、約1.5億年前に大陸プレートに押し付けられて「付加体」となりました。その後、次々と付け加わる付加体に押し上げられて、石灰岩と緑色岩からなる武甲山が形成されたと考えられます。
橋立鍾乳洞は、県内唯一の観光洞であり、国内でも珍しい縦穴型の鍾乳洞です。急傾斜の割れ目に沿って地下水が浸透し、石灰岩が溶けてできた空洞が鍾乳洞(石灰洞)になりました。見学路の総延長は約140m、一番低い地点から高い地点までの高低差は約30mあります。鍾乳石や石筍(せきじゅん)、石柱などの洞窟生成物には、昔から「弘法の後ろ姿」や「下り龍の頭」などの名前が付いています。
また、切り立った岩壁の下はえぐられた形になっており、数万年前に橋立川の侵食によって形成されたと考えられています。ここからは縄文時代草創期から古墳時代の遺跡が発掘されており、さらに押型文の土器片・貝飾りのほか弥生土器等も発見され、秩父市指定史跡の「岩かげ遺跡」となっています。